FC2ブログ

受胎強制医院 第1回

2014年06月01日 23:32

【マニアック・アーカイブス】

として、数年前に発行した雑誌に使用させて頂いたマニアックな小説を数回にわたり連載させて頂きます。

今回は、作・花房ちか子 絵/かおる氏の書き下ろし女囚小説『受胎強制医院』を3回にわけて掲載します。





▼不妊治療

 同じ物を見つめていると、それがとても奇妙な物体に見えてくる。サルトルの嘔吐現象。
(これは……何?)
 小学校の教室、一番後ろにあった木製のロッカー。その中に敷き詰まる白い団子のような物。それらが壁一面を覆っている。
(気味が悪いわ……)
 もぞりもぞり。微かに揺れる白に、『辻優美子』は畏怖した。天井まで積み上がった白が迫ってくる感覚。そんな錯覚。
(ああ! どうして逃げられないの!)
 拒絶に視界を遮断する優美子。そこへ背後から、聞き覚えのある声がした。
「そんなに驚かなくても大丈夫ですよ」
(誰?)
 酷い吐き気と眠気に邪魔をされ思考が定まらない。理解を超える、現実離れした事がこの部屋にはありすぎた。何故こんなにも強い睡魔に自分が襲われているのか。優美子は疑問も持てないほど混乱していた。
(この人は……誰?)
(壁のアレは何?)
(……此処は、どこ?)
(なん、で……なんで……私は……裸で拘束されているの?)
 優美子は夢の中で朝の事を思い返した。



リサイズ M女挿絵統合1

『今日は、病院へ行ってきますね』
 夫を見送る時にこう告げた。
 そうか、とだけ告げて、夫は職場へと足早に向かう。その背中がとても冷たいと、優美子は溜め息を吐いた。
(そう、それが酷く悲しくて……)
 由美子と夫の孝太との間には、子供がいない。
『不妊症』――それが夫婦の溝を深くした原因だった。
 二人は見合いで結婚し三年が経っていた。まさか娶った妻が、身籠れない身体だったとは……孝太は落胆を露わにし、相手の両親は遠回しに離婚を求めだす始末だ。優美子のせいではなくても、その重圧は彼女自身に重くのしかかった。
『お願いします』
 優美子は診察券を受付に渡し、待合室の椅子に座る。婦人科とあって人も多い。そして半数以上が、妊婦特有のマタニティドレスを着て腹を撫でていた。隣で本を読む子供の姿もあった。
(私もあんな風になりたかった……)
 羨望を通り越し、優美子はいっそ恨めしいと、彼女たち妊婦と寄り添う子供を見つめてしまう。
『辻さーん。辻優美子さん。此方でお待ち下さい』
 自分の名を呼ばれ、優美子は通路にある長椅子で診察を待つ。さっきよりは少ない人の数に、ささくれた心がわずかに落ち着き出した。
『辻優美子さん、三番の診察室へお入り下さい』
 手荷物を持ったままドアを開け、入室してすぐ深々と辞儀をするさまは、どこか神頼み的な切実さがうかがえた。
(あ……!)
 夢現。遠い意識下で、確信する。
『体調の方は、どうですか? 辻さん』
 人柄の良さそうな口調。少し低めのバリトン。
(あっ、この声だわ!)
『はい。以前より薬にも慣れて、体調を崩す事もないですわ。先生……』
 そうだ。優美子はあの異様な部屋で聞いた声が、担当医の『新城芳樹』のものだと思い出した。
 新城は半年前、病院を変えてから優美子の不妊治療にあたってくれている、とても熱心な医師だった。この『新城レディースクリニック』の主医でもあり、評判がよく人当たりもよい。
 元々優美子は異性の友人は少なかった。家庭に入ってからは、会う機会も無くなった。そんな中で新城は唯一、優美子にとって優しく接してくれる異性だった。
『では、いつもの通りに、あちらで検査を。小山内さん、お願いします。』
 小山内と呼ばれた看護婦が、カーテンの向こうへと案内する。
『下着を脱いで、ここに座っていて下さい。荷物と下着はカゴへ』
 それだけ優美子に告げ、小山内はカーテンを閉めた。
 ロングスカートからストッキングとショーツが顔を出す。鞄の下に小さくたたまれたショーツを置いて、優美子は分娩台へ腰を付けた。脚を無理矢理開くこの椅子はどうも苦手だった。居心地の悪さを感じて仕方がない。それはいつもの事でも、慣れる事は無い習慣だった。
『辻さん、失礼しても大丈夫ですか?』
『え? は、はい……』
 普段はそのまま直ぐに検査なのに、今日は違っていた。小山内が注射器を持って、再び現れたのだ。それは? と尋ねる優美子に小山内は“今日は詳しく検査されるようなので、痛み止めの麻酔です”と答えた。
 スカートで隠れているとは言え優美子は下着を穿いていない。同性の、しかも職務を全うしているだけの小山内になぜか過剰な恥じらいを感じてしまい、そんな内心を隠すように、優美子は“お願いします”と笑みを作った。
(……それから?)
 その後の記憶が無い。うっすらと誰かが何かを話していた気もするが、優美子には聞き取る事も、声を出す事も出来なかった。
 強烈な眠気。優美子は気絶するように、意識が飛んでいった。
関連記事


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://sanwamania.blog98.fc2.com/tb.php/890-9f2fd1b1
    この記事へのトラックバック